さても お立ち合い


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さて。問題の改装工事現場にて、
物が消えたり戻ってきたりという一連の怪しい仕儀は、いつも夜中に起きているという。
消えたのも戻って来たのも、工事作業のない時間帯とあって、
ますますのこと“もしかして亡霊の仕業か?”なんて、工事関係者に思わせてもいたらしかったが、
その辺りは無い無いと もはや決めてかかっているのが、
今日と明日の夜詰めを依頼されている武装探偵社と、割り込みで参加のポートマフィアの面々で。
風光明媚なこの別邸は、海側へと見通しよくするのと並行し、
容易に不審者の侵入を許さぬためにだろう、
敷地の一角が随分と切り立った断崖状の傾斜地と接してもいる。
母屋や離れ、蔵などから多少は距離を取ってあるものの、
随分と急な角度なため、ギリギリの縁に立つと斜面が見えぬ。
上縁がせり出した、いわゆる“オーバーハング”という状態なので、
そこからの侵入はまず不可能という天然の要衝なわけで。
また、詰所には敷地内の監視カメラとつながっているモニターもあり、
そこへ加えて暗視カメラを新たに取り付けたので広範な見張りも可能。
なので要領よく構えれば、この頭数でも十分に監視は出来ようとのこと。

 『じゃあとりあえず、夜回りの班を分けようか。』

唐突に協力体制となったポートマフィアの顔ぶれとは、
いくら共闘の数をこなしていてもなかなか相容れるまでには慣れぬもの。
殊に、大切な妹を傷つけられた因縁や、
共食い騒動の折には 単独で本拠に捕らわれたまま上級構成員らと直接対峙した経緯がある谷崎には、
先鋒武闘派の中也や芥川と 一対一で対すのは少々無理かも知れず。
必ずしも乱闘が待ってるとする揮発性の高い修羅場でなし、
ここは 太宰が芥川と、中也の方は敦と組むこととなった。
共闘の折の活劇仕様の組み合わせだと経験値が偏るだろうからとの段取りらしかったが。

 『……。』
 『国木田くん、そんな顔して何か不服?』

こんな流れとなったは、太宰の頭から流れ出た予測の末の展開で。
そう、あくまでもただの予想図だったそれが、どうやら本命らしいとなったのが、
この顔触れが顔を突き合わせていた最中に
中也のスマホに仕込まれてあったアプリが通知を知らせて来たから。
行方が判らなくなったというマフィアの異能者、
ミヤコという女性が自身のスマホに登録していたGPSからの
何かしらの発信があって反応したらしく。
だが、あまりに一瞬だったその上、
一声鳴いただけで途絶えてしまったため、皆してがっくり肩を落としたのは言うまでもなく。

 『ここいらは中継塔が少ないし、
  向こうもバッテリーをチャージできない状況なら、
  極力電源を落としているのかもしれない。』

念のため、同じアプリを探偵社陣営の携帯端末へもコピーし、
再び何か反応があれば連絡し合うこととして。

 『…貴様、他に隠していることはなかろうな。』
 『ああ、そんなことを疑ってるの?』

国木田からじっとりと睨まれていた太宰、やはり飄々とした顔で応えを返す。
異能特務課が彼奴を逃がしたらしい情報に関しては、
此処の監督さんに物の消失と聞いてから勝手に連想して、
懇意にしている情報屋に探ってもらった末の話だよ?
もしかしてと引っかかるものがあったんで、空振りしても損はなしと あたってみたまでのこと。

 『そうしたって手配を黙ってたのは、
  それこそ空振りだったら 気を揉ませるだけだったろうからね。』

 『……。』

そこが水臭いのだと、
それでむっかりしていた、何で黙ってるんだと怒っていた国木田だったのを、
やはり判ってはない太宰なのだろうなと、そういうところが通じる中也と敦としては、

 「芥川と組ませて良かったんですか? あれだとますます歯止めかかりませんよ?」

きっとあの禍狗さんは、太宰のやること為すこと、手助けはしても止めないだろう。
たとい理解不能であってもだ。
せめて敦が同伴していたなら “それってどういうことですか”といちいち訊くだろうし、
中也が同伴していたなら、一応の察しは付いたものへでも 突っ走るなと殴るか蹴るか、
最低限でも他の面々へいち早く知らせるかするだろう。

 「まあ、とんでもない騒ぎが起きれば、
  監視室の眼鏡がこっちへも知らせてくるだろうし。」

外回りを巡回中の太宰をこそ見張っているに違いない国木田と谷崎なのが、
そうなると何だか順番がおかしいがと。
相変わらず、あの男に良くも悪くも引っ掻き回されているところ、
探偵社も大変だなぁと、同情的な声になった兄人は、
一階のロビー、かっこ 内装途中でちょっと取っ散らかったまま かっこ閉じるにて
それは新たに入れたものか、ビニールのかかった長椅子に
並んで腰かけている虎の少年の髪を くしゃくしゃと撫でてやる。

 「なあ、敦。」

こちらの職員さんが出来合いですみませんがと仕出し屋からのものか夕餉を揃えてくれており。
いきなり人数が増えたのに、ちゃんと頭数を揃えてくれた辺りが、
さすが現場の人らだなぁとついつい感心してみたり。
こういう融通が利くかどうかで、公的機関も好感度が変わって来るのだと、
国木田さんが新聞のコラムに出て来そうなことを言ったり。
食が細い誰かさんへ、せめてこれは食えと、デザートについてたビワの甘いのを中也と敦が差し出せば、
他の皆まで“どうぞどうぞ”と提供しちゃったり。
中途半端な合宿のような夕食を済ませ、さてと。
休憩扱いとなったものか、とりあえず待機となった中也と敦。
思えばちょっと久々、またぞろ五日ほど間が空いてののちに顔を合わせているのであり、
それがこんな格好というのは、幸いなのかどうなのか。
とりあえず、中也としては気になったことを訊いてみる。

 「お化けとか幽霊とか、よく判らないってのは、
  そんなもの信じてないとか、夜中の墓場や廃墟なんか一向に怖くないってことか?」

 「え?」

そういやそういう話をしたけれど、
どうして太宰が殊更珍しいことのよに取り上げたのかからして
よく判っていないという顔をして、

 「えっと、はい。
  だって映画とかお話の中でしか見たことありませんし、」

視界の悪い暗がりは、
何が仕掛けてあるものか、穴ぼことかあるかも知れずで、
警戒が必要だって思いますけど。

「いきなり何かが触れたりしたら…。」
「そりゃあ吃驚しますって。」

ボクって相変わらずヘタレですしねと、眉を下げて笑う敦だが、
例えば青白い光に照らし出された市松人形が意味深に飾ってあっても、
怖いとは思わないに違いない。
あの孤児院で、物心ついたころからずっと壮絶な虐待を受けていた子で。
最初は訳が判らぬ折檻もどきで、
歳が長じると周囲の子供らからもそんな立場な事を良いように利用され、
濡れ衣を着せられて懲罰房送りになるのが常套になって

 もしかしたらあの虐待の日々の幾らかは、
 死んでしまえばいいのにという殺意まみれな暴力もあったのやもしれない。

本人に自覚がなかったとはいえ、
月夜にいきなり虎に転変してしまう異様な子供だったのだ、
その方が異能に振り回されるなんて悲惨な人生を送らずに済むという、
こっちからすりゃあ勝手には違いない、中途半端なヒューマニズムの押し付けとか、
いつ自分らが虎に食われるやもしれない恐怖とか。
そういった心情から、
年端もゆかぬ子どもへのそれとは思えぬ、苛烈な弑逆が繰り広げられていたのだと、
そうと思うと2度も殺されかけたという事実にも帳尻が合うわけで。

  そして、

それほどの目に遭いながら、それでも18まで生き永らえられたのは、
異能の超回復が知らぬうちに働いたせいもあろうが、
何も知らぬうち、あんな大人たちの理不尽な思惑通りに死んでたまるかという
強烈な反骨精神が培われていたせいもあろう。
そこは院長が希望したように雄々しく育ったらしい敦だが、
そんな割に自己評価が低く、ついつい人の顔を見て機嫌を窺ってしまう。
そこは、まま 真っ当な対人体験が少ないのだから、
痛くないよう怒られないよう振る舞ってしまうのだろう、
ならば仕方がないとして、

 「お化けとか幽霊とか、よく判らなくって 怖いと思わないなんて、
  可愛げないですよね、ボク。」

もしかしてそういうことなのかなぁと、
相変わらず自己評価が低い彼のこと、
情けないなぁと貶める方向で決着しかかっているらしく。

 “…そんな顔しないでくれよ。”

昏く冷たい地下牢がほぼ寝床のようなものだった敦には、
そういうところに現れて人を脅かすという幽霊や亡霊の存在も
出て来てくれもしないのだもの、虚構に違いないと思う以前のお話で。
そもそも、怖いと怯えた身を抱きしめてくれる、
そんなもの居ないよ、来たら追い払ってやるからと言ってくれる、
非力な子供へ当たり前のこととして盾になってくれよう、親や親代わりの大人が居なかった。
暖かい幸せも、やさしい温もりも、明るい団欒も知らないのだ、
暗いところや独り放置されることが、
辛くはあっても “怖い”という認識や感情とは直結しないのも当然で。
限界まで食べるものも与えられない日もあって、生きることでいっぱいいっぱいで。
なので、居るのかどうかも判らぬ者にかかずらわっている余裕なんてなかったし、
そんな状況で何でわざわざおっかないものを想像しようか。

 せいぜい子供に言うこと聞かせるための、大人の作り出した架空の存在だと

日頃の屈託のない“物知らずな一面”が吹き飛ぶほど 冷めた捉え方をしていても、
むしろしょうがないといえ。
そんな自分なんて、物知らずなくせして偉そうで、可愛げがない奴ですよねと、
しょんもりと眉を下げてしまうので、

 「……何言ってるかな。」

優しさを知らぬといいつつ、でもキミは誰へも優しい。
立場が無くなったら諦めて見切るような中途半端はせず、
その身を張ってでも貫く強い強い優しさをくれるキミじゃあないか。
鏡花を見捨てず、つまらぬ犯罪者でも庇い、
言葉の綾などではなくのこと、その身を抉られても諦めず、
意固地なまでにその意志を貫こうとする。

  なのにどうして、自分はダメダメだなんて顔をする?

ふふと口許ほころばせ、それこそ“変な敦だなぁ”とやんわり笑う中也であり。

 「怖いことないってのは胸張っていいことじゃねぇか。」
 「えっと、そそ、そうですか?」
 「ああ。幽霊なんか居ねぇよ、怖かねぇって、
  ふんぞり返って威張ってて良いこった。」
 「いやあのえっと…。/////////」

そこまではさすがにと、照れて赤くなったのへ、
ご謙遜だなとからかうように言い、
身を寄せ合ってたそのまま小さな顎を片手で捕まえ、
んーっとまずは鼻と鼻をくっつけてから、そのままちょんと触れ合うだけのキスをする。
微妙に落ち込みかけてた少年も、
大好きな兄人のぬくもりで元気づけられたか、
含羞みつつも素直な笑顔が戻ったが、

 「…と、やべぇ。もしかして監視カメラって此処の映像も見れんのかな?」
 「え? あ、いやあの、外が問題なのでってカメラも外へ足していたから、
  此処まで監視されてはないかな、と。」

一瞬慌てた敦が、いや待って、そこは大丈夫なはずと、
それでもぐるりと周囲を見回したと同時、

  ぴぴぴーっ、と

中也と敦双方の身から、独特な電子音がして。
ハッとし衣嚢に手をやって、掴み出したのがそれぞれの携帯端末。

 「これって。」
 「ああ。ミヤコからの送信だ。」




to be continued.(18.05.20.〜)




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 *こんなところへ唐突ながら、
  劇場版のシナリオは、もーりんまだ観てないので当分は取り込みません。
  なので、ウチの敦くんは霊感とか あんまりない子です。
  最初はそういう“幽霊騒ぎ”がメインテーマになるはずだったので、
  メモもたくさんガリガリしており、
  何か妙に深く掘り下げてしまいましたが、
  本筋ではなくなったような気がするのに…やっぱり書き散らかしちゃった貧乏性よ。
  相変わらず冗長な話になっちゃう奴です、すいませんね。